出勤時、学校敷地に入る直前に2羽のカラスと遭遇した。学校正門の道を挟んだ向かいにはネットだけの簡易的なごみステーションがあり、そこに集められた可燃物を狙ってか不審な動きをしている。カラスを苦手に思う人は、カラスの不審さを不気味に思っているのだと思う。その不審さの源泉は、おそらくカラスの持つ高い知性である。
私の後方から車が近づいてきた。助手席には生徒が、運転席にはその保護者が座っている。車が通り過ぎるのを待ってから道を渡ろうと思い、私はその場で立ち止まった。と同時に、カラスがぴょいっと道のど真ん中に躍り出た。車は徐行していたので安全にブレーキを踏んだ。
全員が停止した。
車、カラス、私、すべてがその場に停止した。最初に動くべきは明らかにカラスだった。私は教職員という立場上、保護者の運転する車に道を譲った方が良さそうなので待つ。保護者はまさかカラスを轢いてしまうわけにはいかないから待つ。カラスは、おいカラス、何を待っているんだ?不思議そうにあたりを見回すんじゃないよ。この中で機動力が一番高いのはあなたでしょう。さっと去りなさい。
永遠とも思えるほど長い時間が(私の頭の中では)経ち、私は決意を固めて道のど真ん中にいるカラスの方に駆け寄った。車の前を横切りながらしっしっと手で振り払うと、カラスはぴょんぴょん飛び跳ねて道の端っこへと退避した。羽があるんだから飛び立ちなさいよと思いつつ、私は道の真ん中で車の方に会釈をし、学校の正門に飛び込んだ。この会釈は私からの会釈というより、カラスが通行を妨げてしまってどうもすみません、という意味での会釈であった。つまり私はカラスの側から会釈をしてしまったのだ。当の本鳥は素知らぬ顔できょろきょろしている。まったく、カラスの側から謝意を伝える日が来るなんて参ってしまう。