高校の時に吹奏楽部で一緒だった友達に会いに行った。大学生の時は3年以上会っていなかったのに、今回は2カ月ぶりにまた会うことになり、時間的な分布が偏っており面白い。 彼は元々ピアノを弾く人だったが中高でサックスを吹く人になった。高校卒業後、ほとんど会っていなかったから動向を知らなかったのだけど、音楽を中心に目まぐるしく人生が転がっているようだ。
彼にこんな話をした。
顧問をしている音研の生徒たちがキーボードで好きな曲を弾くのを見ていると、どうもスマホで楽譜ではないものを見ている。近づいて見てみると、横向きに置いたスマホの画面の下部にピアノの鍵盤が描かれていて、上からネオン色の縦長い棒が落ちてくる。生徒はその棒の位置と長さを見て、対応する鍵盤を弾いている。いわゆるピアノロールというやつだ。見たことのない人は太鼓の達人を縦にしたようなものと思ってほしい。彼らはYouTubeのショート動画やインスタグラムのReelでこういうピアノロールの動画を見つけてそれを見ながら、一旦停止したり少し巻き戻したりしながら練習しているのだ。 私が高校生の時には、趣味というか遊びでピアノをやる人も周りにいたけれど、こういう動画を見ながら弾いているのは見たことがなかった。ピアノ練習のためのメディアが変わってきている、おそらくは容量無制限のスマホ向け通信サービスやショート動画の普及によって、楽譜を見るということが当たり前ではなくなってきている。かつては紙やpdfの楽譜を見るのが最も妥当な方法だったのが、今は違う。動画にすることで時間という次元が一つ増えたので、その分「目を左から右へ滑らせる」という楽譜に必要な動作が不要になり、常に固定された鍵盤を見ていれば音符(の代替としてのネオン色の棒)が上から落ちてきて音高と音価とタイミングが分かる。
クラシック・ピアノを学んだことのある彼はたいへん驚き、楽譜を見たほうが良いだろうそれは、と言ったがすぐに「クラシックやってきたからこう思うのか」と自分を客観視していた。楽譜というメディアも自明ではなく、先人たちの努力と試行錯誤を経て洗練され、たまたま今の時代に支配的になっているに過ぎない。私はなんだか、100年後の人々が楽譜を見て楽器を練習しているとは思えない。娯楽や暇つぶしの領域でメディアの形態が大きく変化すると、専門的な領域にもその変化が波及するかもしれない。
そのような話を二人でした後、「こうやっておじさんになっていくんだ……」という恐ろしい実感が湧き上がってきて一緒に恐怖した。「おじさんを自認できている間は良いよね、本当に怖いのは自分がおじさんって言えなくなってからだ」とも話した。それにしても時代の変わり目、メディアの変わり目に今自分たちが立っていることがよく分かって面白い。