教育現場では「させる→する」という安易な管理の認識がまかり通ってしまうので、大人たちはすっかり子どもを管理「できる」身体として出来上がってしまう。それゆえ、何か課題がある時には「なにをやらせるか」ばかり考えてしまい、最終的に教員がとる行動そのものに対して向ける意識が疎かになる。「なにをしてもらうか」という目標は遠くにぼんやりと見据えつつも、まずは「(わたしが)何をするか」という一人称的な実践を重視すべきではないのか。他者はコントロールできないという前提を、学校教育という文脈は容易に破壊してしまう。そうではなくて、「わたしは、これをする」を反復的に継続するべきなのではないか。