妻の故郷の、小さな田舎町の祭りに来た。よそ者の私も法被を羽織って笛を吹き、時には鳴り物を担いで、赤い提灯にぼんやりと照らされた夜の市中を練り歩く。囃子方の後方を歩いて突然、景色の美しさにはっと気がついた。思わず写真を撮ってインスタグラムで共有しそうになったが辞めた。この幸せな時間を、贅沢な経験を、人には見せずにしまっておこう。
囃子方は私以外の全員が、この街の誰かの家族であり知り合いである。空き地や店の駐車場に太鼓や鐘を置いて休憩するとき、わたしは一人になる。妻は友達と話す。妻の父や妹も、それぞれの友達と話す。知らないおいちゃんは知らないおいちゃんと話し、女の子は女の子と話している。わたしはその賑やかな空間の端に座って、キューバのことを思い出す。誰もが友人との会話をえんえんと楽しむ、夜の野外の集まり。ハバナでは夜になっても、街角で談笑する若者や、集合住宅の前の通りで正方形のテーブルに座ってドミノに興じる老人がいた。そんな空間が立ち現れる機会は、日本にはあまりなさそう。祭りは、夜の通りに人を呼び出す特殊で貴重な機会だ。久住祭りの夜通でもキューバの夜の通りでも、私はどの輪にも入らないがそれは疎外ではなくて、違う国に来たということをただ味わう。